大連

青泥と呼ばれる小さな漁村にすぎなかった大連。
だが、1898年に帝政ロシアの租借地となり、そして日露戦争後は日本に占領される。
日本による植民地時代が1945年の日本敗戦までの約40年間続いた。
現在、日本企業がたくさん進出している。(2003年7月現在、日本企業数は2151社。)

■気候、場所
遼寧省大連市、遼東半島にあり海に囲まれている。
緯度で見ると日本の新潟ぐらいの所となっている。
四季がはっきりしている。
千葉と比べ、冬は寒く(−の世界)、夏は涼しい(クーラー要らず)。
平均気温は1月で−4度、8月で23度となっている。

■旅順
大連には、日清・日露戦争の激戦地である旅順口区がある。
見学地の制限、写真撮影禁止など規制があるため、大連から外国人用ツアーが出ている。
「二百三高地」標高203メートルの攻防は日露戦争の天王山となった。視界を遮るものがない高台は戦略上重要な拠点として機能するため、この地の獲得を巡って激しい戦闘が続いた。
「砲弾型の慰霊塔」
「東鶏冠山」日露が4カ月におよぶ死闘を繰り広げたところ。今なお弾痕の跡が残っている。
「水師営」ロシア降伏後、乃木希典将軍とロシアの将軍ステッセルが会見を行った場所。
また市街には日本の租借地時代の建築物が残っている。





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